#1プロジェクトの背景と意義

巨大地震の発生源となるプレート境界。 2011年の東日本大震災も、まさにプレート境界の一つである日本海溝で発生した観測史上最大クラスの地震でした。

大きな地震が海底で起きると、海底堆積物が動いて乱されその痕跡が残ります。 痕跡はやがて海底下の地層として記録され、風化や侵食の影響が最小限に抑えられた中でいわば「深海の地震アーカイブ」として保存されます。 その地質を調査できれば、数万年前の地震の痕跡を手がかりに巨大地震の発生パターンや最大規模を推定することが可能であるとされてきましたが、実際は水深が深ければ深いほど海底へのアクセスは難しく、これまで十分な調査はされてきませんでした。

©JAMSTEC

IODP第386次研究航海「日本海溝地震履歴研究」は、こうした理由でこれまで探索が進まなかった日本海溝周辺で、最大8,000mの水深から地質試料を採取する挑戦でした。

研究者たちの長年の悲願であったこの調査は、「かいめい」という最新の調査船の誕生、また1つあたり6tのGPC(※ジャイアントピストンコアラーの略。 金属製の長い筒で、地殻をくり抜いて採取するサンプリング機器)を深海までおろすための強靭なロープの開発、そしてそれらの運用技術の発展という種々の条件が揃い、満を持して行われたものです。 主導は欧州海洋研究掘削コンソーシアム(ECORD)、日本の研究協力はJAMSTEC。 世界12カ国が絡むこの一大プロジェクトに、NMEは「かいめい」の運航とGPCを現場で運用する役割で参加しました。

#2準備段階での「かいめい」改造

調査の準備段階でのNMEの大きな貢献の一つは、「かいめい」の改造提案でした。 過去にも「かいめい」を運航してきたNMEの目線で、今回のプロジェクト遂行に必要なものやリスクを実際の運用場面から逆算。 中でも、今回扱うGPCの大きさ・重さは、最大とも言える懸念事項でした。

©ECORD/IODP/JAMSTEC

船長・木村: 「これまでの調査でも長さ20mほどのピストンコアラーを使用したことはありましたが、今回は大口径かつ最大40mの長尺。 これを洋上で組み立て、船の上から8,000m下に徐々におろし、最後の2〜3mだけを自由落下させて海底に突き刺すというのが調査の手順です。 40mもの長さの筒を海底に刺すためにはどうしても6tの重量が必要なのですが、一方、これだけ重いと船の安定にもかなりの影響が出ます。 正確かつ安全にGPCを取り扱うには、その時点の「かいめい」には足りない仕様を加える必要がありました」

NMEの改造提案を受け入れる形で、JAMSTECは「かいめい」に竣工以来の大きな改造を施します。 その間、NMEはGPCの運用マニュアルを練り上げて行きました。

他にも人員配置や入港の手配など、着々と準備が進められていた矢先、2020年に新型コロナが世界的に流行します。 計画はやむなく1年延期。 さらに渡航制限でECORDの外国人研究者たちが来日できない中、2021年4月、調査は日本人スタッフのみで実施される運びとなりました。 準備開始から約3年の月日が流れていました。

#3調査の実施とワールドレコードの樹立

2021年4月13日朝10時、「かいめい」はJAMSTEC横須賀本部を出港。 およそ2か月にわたる研究航海を開始しました。

しかし船は、幾度となく接近する低気圧と予想外の黒潮の北上という厳しい気象・海況に見舞われます。 たびたび調査地点の変更を余儀なくされる中、

船長・木村: 「船長として一番大変だったのは、その時々に“この天候でサンプリングを実施するかどうか”の判断をすることでした。 荒れた洋上で波をかぶりながら重量物を扱うことにはスタッフの危険が伴います。 怪我人が出れば航海は中止です。 一方で、世界中の研究機関から大きな期待のかかった調査ですから、“今日はしない”という判断も容易ではありませんでした」

船上の研究者たちは欧州にいるECORDの研究者たちと連絡を取り合いながら、細かくスケジュールと観測地点の変更を繰り返しました。 そしていざGPCを海底におろしても、大しけの影響はまだ続きます。

©ECORD/IODP/JAMSTEC

船長・木村: 「海溝というのはつまり海底の谷で、GPCは船からその谷の最深部をめがけておろされます。 しかし、仮におろした後に洋上で船が流されてしまうと、GPCが谷の壁面にぶつかりサンプルを破損しかねません。 「かいめい」は高性能なので基本的にはオートで洋上に停止していられるものの、潮の状況によってはGPCが海中にある時にでも敢えて船を動かす判断が必要です。 今なら安全に動かせる、というタイミングの見極めにはかなり苦心しました」

陸上でサポートしていたスタッフにも予定外の事態が発生します。 それは「かいめい」の入港予定地の変更です。

2か月に及ぶ航海では、最低一度は燃料や食料の補給のための入港が必要です。 しかし「かいめい」は船体の形状が特殊なため、着岸できる岸壁が非常に限られていました。

海務部・鈴木: 「事前に調査し、使用する予定だった港に入れなくなったと分かった瞬間、代替となる入港地の調査に奔走しました。 最終的に自ら八戸まで向かい、八戸港のとある岸壁を直接見て確認し、ここになら入れると判断。 それが入港予定日の1週間前でした」

大小のトラブルを乗り越えながら航海は継続し、6月1日、ついに「かいめい」は50日間の調査を成功裏に終了。 15地点、58孔で採取された海底堆積物コア試料は、総延長830m以上にのぼりました。

この研究航海において、海洋科学掘削における2つの記録が塗り替えられました。 史上最大水深である8,023mで行ったピストンコアリングと、史上最大水深8,061mからの海底下試料のサンプルリターンです。 これは実に43年ぶりの記録更新であり、イギリスのBBCニュースでも取り上げられました。 採取されたサンプルは、地球深部探査船「ちきゅう」に移送され、国際研究チームにより2021年の秋から詳細な分析がなされます。

深海調査の可能性を一歩広げ、また「かいめい」という船のポテンシャルをさらに大きく引き出して証明した本航海。この調査研究がいずれ地震のメカニズムの解明に貢献し、防災に役立つことを願いながら、NMEはこれからも最先端の海洋調査を安全に遂行するための知恵と技術を磨いてまいります。

Profileお話を聞いた人

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木村 直人Naoto Kimura

1997年、三等航海士として入社。 「かいれい」に初乗船後、「なつしま」「かいよう」「よこすか」「かいめい」に乗船。 2018年より船長。 本プロジェクトでも船長として乗船し、航海の総責任者として現場で乗組員たちの管理・監督をおこなった。

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鈴木 昂Akira Suzuki

2010年入社。 「なつしま」「かいよう」「よこすか」「かいれい」「かいめい」などに航海士として乗船。 2019年3月より本社海務部に配属され、「かいれい」「かいめい」の海務業務を担当。 本プロジェクトでも「かいめい」の海務業務担当として、陸上からのサポートを担った。 2021年10月より航海士として現場に復帰。