運命の相手は「しんかい」!

大西司令はもともとJAMSTEC所属で、しかも「しんかい2000」とはいわば同期なんですよね。

櫻井そうそう。 ちょうど私が21歳でJAMSTECに入所したその年に、日本初の本格的な大深度有人潜水船として「しんかい2000」が誕生してね。 で、入社1年目の秋に「しんかい2000」の整備士として配属され、4年後にパイロットになったんだ。 その後も基本的にはずっとパイロット。 「しんかい2000」や「しんかい6500」がNMEに運航委託されると、その度に休職出向の形でNMEに来て運航や指導にあたっていたね。

大西すごいなぁ、櫻井司令のキャリアが「しんかい」の発展そのものみたいなところがありまよね。 お互いになくてはならない。 通算何年くらいNMEに出向していたんですか?

櫻井長いよ〜、10年7ヶ月! でも最後の出向が終わるタイミングで、「このままJAMSTECに戻っても、JAMSTECにはもう有人潜水船はないぞ」と気づいて。

大西あぁ、「2000」も「6500」もNMEに運航委託した後だから。

櫻井うん。 だから、JAMSTECからNMEに移って来ちゃった。 その時点で52歳だったし、定年まであと数年でしょう。

大西迷いはなかったんですか?

櫻井まったくなかった。 今ならAUVの事業なんかでJAMSTECの研究者が現場に行く仕事もあるだろうけれど、当時は「しんかい」を外に出したら現場仕事はほぼ他になかったからね。 まぁ私としてはやはり地球にじかに触れながら、研究者と一緒に調査ができる場所に最後までいたかったんだよね。

大西その気持ち、わかります。 私自身、海の生き物が好きでこの仕事に就いたので、現場に出られるという喜びは捨て難いんですよね。 よく覚えているのが、私の「しんかい6500」初潜航、櫻井司令(当時は副司令)と一緒だったんですよ。 ガチガチに緊張していた私に、司令は「大西、何もしなくていいからそこに座って窓の外見ておけ」って、船内の電気を全部消して深海そのものをパイロット席から見せてくれたんです。 あぁ、司令は今、深海の世界を案内してくれているんだと思った。 あんなことをしてくれたのは櫻井司令だけです。

櫻井まずは感動してほしかったんだよね。 私もインド洋に湧き上がるブラックスモーカー※を見た時の衝撃は忘れられないな。 日本とはスケールが桁違いで、群がる生物の多さも含めて完全に別世界。 「ここで生命が生まれたんだな」というイメージを沸かせてくれるような場所だった。 そういう感動の後から、技術をつけていく順番でいいんじゃないかなぁ。
※ブラックスモーカー:黒煙を噴く熱水鉱床

大西あの経験があったから、今私が後輩を指導するときも、初潜航時は同じことをしているんですよ。

セオリー超え!?
知り尽くしてこそ、成せる「神技」。

大西櫻井司令は私の中では「楽しさを大事にする人」。 後輩パイロットの指導の際も、ゲーム感覚で取り組んでいるうちにいつの間にか上達しているような、楽しい訓練を発案してくださる。 仕事を離れてゴルフを教えてくれるときですら、「早く面白さがわかるように、さっさとコースに出ちゃおう!」って連れて行ってくれて。 スタンスが一貫している(笑)。

櫻井ゴルフね(笑)。 まぁあれはもっとゆっくり指導してもよかったけど、大西は初心者とはいえ空振りはしないから、もうコースに出ても大丈夫だろうと思って。 まずは、ゴルフの楽しさを感じて欲しかった。 そうすれば自らレベルアップに向け努力するはず、仕事だって一緒じゃないかな。

大西司令のその「楽しさ」を大事にしながら柔軟に進んでいく姿勢って、私から見れば、物事の本質や原理原則をよくわかっていることと表裏一体に感じるんですね。 司令自身の操船で後ろに乗っていたときも、「機器の動きや特性を知り尽くしているからできる神技」を繰り出してくるじゃないですか。 びっくりしたのが、一度、海底から上昇かけて高度をとった次の瞬間、フルスロットルで次の目的地に向かってどんぴしゃで着底したことがあって。 しかも海底を一切濁らせないで。 普通は浮力を使ってゆっくり上がっていくものなんですが、司令はそれをしなかった。

櫻井あれは時間がなかったから急いだだけ!

大西そうだとしても、あんなミラクルな操船、やろうとしてもできません(笑)。 セオリーにとらわれず、目的に応じて丁寧な時は丁寧に、単純な時は一気にというメリハリが印象的でした。 それから司令のことでもう一つ衝撃的だったのは、記憶力。

櫻井何かあったっけ……?

大西そこで記憶力を失わないでください(笑)。 ほら、研究者との間で雑談するときに、「あそこの海底地形はああなってて、こうなってて」と、大昔に潜ったポイントでもつい最近潜ったかのようにはっきり話されるじゃないですか。 それだけでも衝撃なのに、さらにはシャシャっと絵に描いてしまう。 肉眼でも一部分ごとにしか見えていないはずだし、モニターにも映らないものを……頭の中でつなげられているんですよね?

櫻井まぁ、全体的なバランスや距離感は自分の記憶かなぁ。

大西私には司令ほどの記憶力はありませんが、せめて自分は言葉で書き残しておこうと「My潜航記録」を付けるようになったんです。 他の人の潜航映像や海外の有人潜水船の映像をよく見るようになったのも、あの絵を見たのがきっかけです。 いつかは私も司令のように、海底地形が完全に頭に入っていて、まるで地元みたいに海底を案内できる深海の水先案内人になりたいものです。

受け継がれる、楽しむ姿勢と探求心。

大西司令はこれからの有人潜水船やパイロットのあり方について、どんな風に考えていますか?

櫻井無人のAUVで色んなことができるようになってきているけれど、AUVを開発する人や動かす人も含め、いろんな人がまず一度は深海に行ってみることができたらいいと思うな。 「自分が行ったことのある、あの海底を走るAUVをつくるんだ」という感覚から良いものが生まれるんじゃないかなと思う。 そういう意味でも、人が深海に潜る技術は大事に残して継承して行ってほしいな。

大西そうなんですよね。 私も深海の世界や魅力をいろんな手段で外部に伝えようと努力はしていますが、やはり潜ってみないとわからないことって多くて。 経験した人としていない人とでは、言葉の説得力も違ってきますしね。

櫻井あと、昔から言ってるんだけど、有人のいいところは第六感が働くところ。 自分がその場にいて目で見ていると、「こっちに何かありそうだぞ」と感じて、そっちに船を向けたら本当に面白いものがあったり。 そうやって深海調査が発展してきたところもあると思う。

大西わかる気がします。

櫻井だからさ、そういう「深海に行くのって楽しい!すごい!面白い!」っていう気持ちごと、大西は若い人の気持ちを引っ張っていってあげてよ。 大西を潜航長にしたのは、パイロットとしての腕前ももちろんあるけど、外部に向けての発信がうまいからっていうのも理由だったんだから。 社内のみならず、社外の人や小さい子どもたちにも、面白さをどんどん伝えていってほしい。

大西はい。司令の「楽しさを伝える」姿勢を受け継いで、探求の素晴らしさを発信していきます。 司令、長い間本当にお疲れ様でした。 最後に、パイロット人生を振り返って一言もらえますか?

櫻井ちょーー楽しかった! かな。

大西(笑)。 司令がいなくなると寂しくなります。

櫻井トラブルあったら連絡してね!

大西ないことを願いますが、その時は頼ります!(笑)

PROFILEプロフィール

櫻井 利明Toshiaki Sakurai

神奈川県立三崎水産高等学校卒(機関専攻科)。 1981年にJAMSTEC入所し、1年目で「しんかい2000」の整備士となる。 4年後にパイロットになり、以降「しんかい2000」「しんかい6500」のパイロットとしてキャリアのほぼすべてを歩む。 2012年にJAMSTECを退職、NMEに転籍。 シロウリガイの日本人初観測など、数々の発見に立ち会う。

大西 琢磨Takuma Onishi

水産大学校卒(航海専攻科)。 2006年4月、海上職員(三等潜技士)として日本海洋事業に入社。 有人潜水船「しんかい6500」チームの運航要員として配属。 「しんかい6500」の整備業務に従事しながら、各種音響機器の運用、整備を担当。 2017年より「しんかい6500」の潜航長。